宇宙線とは?
宇宙線(cosmic rays)とは、宇宙空間から地球に光速に近い速さで降り注ぐ、高エネルギーの粒子の総称です。[1]
「線」という名前がついていますが、その正体は光(電磁波)ではなく、質量をもった粒子が主役です。 もっとも多いのは陽子(水素の原子核)で、ほかにヘリウムの原子核や、炭素・酸素・鉄といった重い原子核も含まれます。 光の粒(光子)は質量がゼロでつねに光速で進みますが、宇宙線の粒子は質量をもつため、光速に限りなく近づけても光速そのものには届きません。 この点が「光」と「宇宙線」の根本的な違いです。
宇宙からそのまま飛んでくる粒子を一次宇宙線、それが地球の大気とぶつかって新しく生まれた粒子の集まりを二次宇宙線といいます。 じつは、私たちが地上で出会う宇宙線のほとんどは二次宇宙線で、その多くはミュオンという粒子です(くわしくは7章)。
占める陽子の割合
ミュオンの量
宇宙線の発見
どうやって見つかった? — ヘスの気球実験
20世紀のはじめ、空気がひとりでに少しずつ電気を帯びる(電離する)原因は「地面の放射性物質だろう」と考えられていました。 もしそうなら、地面から離れて空に上がるほど電離は減るはずです。 ところが1912年、ヴィクター・ヘスVictor Hess(1883–1964)。オーストリアの物理学者。気球で上空の電離を測定し、宇宙線を発見した。が気球で上空およそ5 kmまで上がって測ってみると、 高度が上がるほど電離がかえって増えていくことがわかりました。さらに、日食のさなかでも電離が減らなかったことから、その源は太陽そのものでもないと結論づけられました。
この観測から、放射の源は地面ではなく宇宙にあると考えられ、「宇宙線」という名前が生まれました。ヘスはこの発見で1936年のノーベル物理学賞を受賞しています。[2]私たちが検出器で宇宙線を測るとき、まさにヘスが見つけた「上から降ってくる粒子」を数えているのです。
宇宙線はどこから来る?
宇宙線の「ふるさと」は1つではありません。おもしろいことに、粒子のエネルギーが高いほど、より激しい天体から来ていると考えられています。[1] エネルギーの低い順に、おもな供給源を見ていきましょう。
太陽 — 低エネルギーの宇宙線
太陽は、フレアやコロナ質量放出(CME)といった爆発現象で、比較的低エネルギー(おおむね $10^9$ eV 以下)の粒子を放ちます。 いっぽうで、太陽から吹き出すプラズマの流れ(太陽風)は、外からやってくる宇宙線をはね返すバリアにもなります。 そのため地上で測る宇宙線の量は太陽活動と逆に増減し、約11年周期でゆっくり変動します。
超新星残骸 — 銀河系内の主役
星が一生の最後に起こす大爆発(超新星)の後に残る超新星残骸は、銀河系内の宇宙線(おおよそ $10^{15}$ eV まで)を生み出す主役と考えられています。 爆発の衝撃波を粒子が何度も行き来するうちに、少しずつエネルギーを得ていく——この仕組みを フェルミ加速荷電粒子が磁場をもつ衝撃波面を繰り返し横切ることでエネルギーを得る加速機構。観測される宇宙線のべき乗スペクトルを自然に説明できる。といいます。
パルサー・活動銀河核 — 最高エネルギーへ
さらに高エネルギーの宇宙線は、超新星残骸だけでは説明が難しくなります。高速で回転する強い磁石であるパルサーや、 銀河の中心の巨大ブラックホールが吹き出す活動銀河核(AGN)のジェットなどが候補です。 加速できるエネルギーの上限は、天体の大きさと磁場の強さでだいたい決まります(ヒラスの条件)。 だから小さな超新星残骸は途中まで、けた違いに大きなAGNなどは最高エネルギーまで——と役割が分かれるのです。 ただし最高エネルギー宇宙線の起源はまだ完全には解明されておらず、スターバースト銀河などほかの候補も議論されています。
粒子の種類と組成
一次宇宙線を「粒子の個数」で数えると、その大半は原子核です。割合は、陽子が約90%、ヘリウム原子核が約9%、それより重い原子核が約1%。[1] このほかに電子もわずか(全体の1%程度)含まれます。
宇宙線にはリチウム・ベリリウム・ホウ素が、太陽系の物質に比べてけた違いに多く含まれています。これらは星の中ではほとんど作られない元素で、炭素や酸素の原子核が銀河の中を旅する途中で星間ガスにぶつかって砕けた破片なのです。だから組成をくわしく調べると、宇宙線が銀河の中をどれだけ旅してきたかが見えてきます。
宇宙線のエネルギー
宇宙線の最大の魅力は、そのとほうもないエネルギーの幅広さです。 どのエネルギーの粒子がどれだけ飛んでくるか(エネルギースペクトル)を描くと、$10^{9}$ eV から $10^{20}$ eV まで、 じつに10桁以上にわたって、ほぼ1本のなめらかな坂道(べき乗則)になります。[1]
エネルギーが10倍高くなるたびに、飛んでくる数は急激に減ります。低いエネルギー(GeV帯)では1秒・1 m² あたり約1000個も降ってくるのに、 knee(ひざ)のあたり(PeV帯)では1年・1 m² にやっと1個、最高エネルギーでは1世紀・1 km² に1個あるかないか。 エネルギーが10桁上がる間に、数は20〜30桁も少なくなるのです。
坂道をよく見ると、2か所で傾きが変わります。$3\times10^{15}$ eV あたりの折れ目をknee(ひざ)、 $5\times10^{18}$ eV あたりの折れ目をankle(くるぶし)と呼びます。 knee は銀河系内の加速の限界、ankle は宇宙線の起源が銀河系内から銀河系外へ移り変わる目印と考えられています。 そして $5\times10^{19}$ eV を超えると、宇宙のあらゆる方向から来る光(宇宙マイクロ波背景放射)と粒子がぶつかってエネルギーを失うため、 数が急に減ります。これをGZK抑制Greisen–Zatsepin–Kuzmin 抑制。超高エネルギー陽子がCMB光子と衝突してエネルギーを失い、遠方(約100 Mpc以遠)からは届かなくなる現象。といいます。[3]
1991年、観測史上最高エネルギーの宇宙線が見つかりました。[4]そのエネルギーは約 $3\times10^{20}$ eV。たった1個の原子核が、時速100 kmで飛ぶ硬式野球ボール並みの運動エネルギー(約50 J)をもっていた計算です。人類最大の加速器LHC(陽子7 TeV = $7\times10^{12}$ eV)より約8桁(1億倍)も高い。自然は、人間の技術では到底およばない加速器を宇宙に持っているのです。
空気シャワー
高エネルギーの一次宇宙線は、地表まで直接は届きません。上空でまず大気の原子核とぶつかり、 そこで生まれた粒子がさらに次の反応・崩壊を起こして……と、ねずみ算式に粒子が増えながら降ってくるのです。 この現象を空気シャワーと呼びます。[6]雨のように広い範囲に粒子が降り注ぐので「シャワー」というわけです。
流れはこうです。一次宇宙線が上空およそ15〜20 kmで大気の原子核とぶつかると、π中間子(パイ中間子)などがたくさん作られます。 このうち電気を帯びない中性π中間子(π⁰)はすぐに2個のγ線に変わり、γ線が電子・陽電子を生み、その電子がまたγ線を出し……という繰り返しで 電磁シャワーが広がります。いっぽう電気を帯びた荷電π中間子(π±)は、ミュオンとニュートリノに崩壊します。これがミュオンの供給源です。
地表に届くおもな粒子
- ミュオン:透過力が高く、地表に届く荷電粒子の主役。
- 電子・陽電子、γ線(光子):電磁シャワーをつくる成分。
- ニュートリノ:物質とほとんど反応せず、地球すら貫く。検出が非常に難しい。
地表での到来量
では、宇宙線(おもにミュオン)は実際どれくらい降ってきているのでしょうか。目安は、 水平に置いた検出器に、毎分およそ1個/cm²(= 1 m² あたり毎分およそ1万個)。 あなたの手のひら(約100 cm²)を、毎秒およそ1個のミュオンが通り抜けている計算です。 物理ではよく、真上から来るミュオンの強さを約70個/(m²·s·sr)(sr は立体角の単位)という値で表します。[1]
この量は、見る向きや高さによって変わります。
- 向き(天頂角 θ):真上から来るものが最も多く、地平線に近い斜め方向ほど減ります。だいたい $\cos^2\theta$ に比例します(斜めほど大気を長く通り、途中で失われるため)。
- 高さ:高いところほど頭上の大気が薄く、ミュオンが消える前に届くので増えます。ただし、上空へ行くほど無限に増えるのではなく、高度15〜20 kmで最大(レゲナー・プフォッツァー極大)になり、それより上では一次宇宙線が主体になって二次粒子は減ります。[1]
- 緯度:荷電粒子である宇宙線は地球の磁場で曲げられるため、赤道付近では低エネルギー成分がはじかれ、極に近いほどやや多くなります(地磁気カットオフ)。
宇宙線による日本での被ばくは年間およそ0.3 mSvで、自然放射線(日本平均 約2.1 mSv)の一部です。[13]高い山や航空機の高度ではさらに増え、たとえば東京〜ニューヨークを飛行機で往復すると約0.1 mSv程度を受けます(資料により0.1〜0.2 mSv)。宇宙線は、特別な場所だけでなく、いつでもどこでも降り注いでいるのです。
ミュオンという主役
地表で出会う宇宙線の主役、ミュオン(μ粒子)を主役として取り上げます。ミュオンは電子と同じ「レプトン」という素粒子の仲間で、 電荷も電子と同じ。ただし質量は電子の約207倍(約105.7 MeV/c²)もあり、重い電子のような粒子です。[8]
質量
平均寿命
平均エネルギー
ミュオンの平均寿命は、静止した状態でわずか約2.2マイクロ秒($2.2\times10^{-6}$ 秒)。[8] この間に光の速さで進める距離は、計算するとたった約660 mです。
ところがミュオンは、上空およそ15 kmで生まれます。660 mしか進めないはずなのに、なぜ15 kmも下の地表に大量に届くのでしょうか。 ——ここに、アインシュタインの特殊相対性理論が顔を出します。
ほぼ光速で動くミュオンは、地上から見ると時間の進み方がゆっくりになり(時間の遅れ)、寿命が何十倍にも延びて見えます。 だから数 km 以上を走り抜けて地表に届くのです。ミュオン自身の立場では、寿命は2.2 µsのままですが、こんどは進むべき大気の厚み15 kmが 数百 mに縮んで見える(長さの収縮)ので、やはり間に合います。どちらの見方でも結論は同じ——これは特殊相対論の有名な実証例になっています。[8]
ミュオンは透過力が高く、岩や建物を貫きます。物の向こう側でミュオンがどれだけ減ったかを測れば、レントゲンのように内部を透視できます。これがミュオグラフィで、火山の内部、ピラミッドの未知の空洞の発見(2017年)、福島第一原発で炉心の燃料が溶け落ちた様子の手がかりを得るなど、実用が広がっています。[9]加速キッチンの検出器で観測される信号の多くも、この宇宙線ミュオンです。
代表的な観測実験
宇宙線の研究は、「何を捕まえたいか」で装置が大きく変わります。最高エネルギーの宇宙線(陽子・原子核)、高エネルギーのγ線、 そしてニュートリノ。それぞれの代表的な実験を見てみましょう。
超高エネルギー宇宙線をとらえる — 巨大地上アレイ
最高エネルギーの宇宙線は数が少なく、広大な土地に検出器を並べて空気シャワーを待ち受けます。地表で粒子を直接数える「地表検出器」と、 夜空にうっすら光る紫外線を望遠鏡でとらえる「大気蛍光望遠鏡」の2方式を組み合わせるのが主流です。[12]
| 実験 | 場所 | 特徴 |
|---|---|---|
| Telescope Array | 米国・ユタ州 | 約507台の地表検出器(約700 km²)+蛍光望遠鏡。2021年に約 $2.4\times10^{20}$ eV の「アマテラス粒子」を検出。[5]北半球最大。 |
| Pierre Auger 観測所 | アルゼンチン | 約3000 km² をカバーする世界最大。1660台の水チェレンコフ検出器と27台の蛍光望遠鏡。 |
| AGASA | 日本・明野 | 約100 km² の先駆的アレイ(1990頃〜2004)。超高エネルギー宇宙線の存在確認に貢献。役割はTAへ。 |
γ線をとらえる — チェレンコフ望遠鏡
高エネルギーのγ線が大気に入ると、青白い光(チェレンコフ光)のシャワーが出ます。これを大きな鏡で集めて観測するのが 大気チェレンコフ望遠鏡で、H.E.S.S.(ナミビア)・MAGIC(スペイン)・VERITAS(米国)が稼働中です。 次世代の国際計画CTA(Cherenkov Telescope Array)は、北(スペイン領ラパルマ)と南(チリ)の2拠点で、約20 GeVから300 TeVを超える広いエネルギーを狙います。
ニュートリノをとらえる — IceCube とカミオカンデ
ニュートリノは物質とほとんど反応しないため、捕まえるにはとてつもなく大きな標的が必要です。 IceCube(南極)は、氷河の中の約 1 km³ に5160個の光センサーを埋め込んだ巨大装置で、2017年にはブレーザー(活動銀河核の一種)から来た高エネルギーニュートリノをとらえ、 複数の手段で同じ天体を観測するマルチメッセンジャー天文学の先駆けとなりました。[11]
岐阜県・神岡鉱山の地下深くにあるカミオカンデは、1987年、大マゼラン雲の超新星SN1987Aからのニュートリノ11個を世界で初めてとらえました。[10]これにより小柴昌俊博士が2002年のノーベル物理学賞を受賞。 後継のスーパーカミオカンデ(5万トンの超純水と約1万3000本の光センサー)は1998年、ニュートリノ振動を発見し、長年ゼロと思われていたニュートリノに質量があることを示しました。これにより梶田隆章博士が2015年のノーベル物理学賞を受賞。 現在は、さらに巨大なハイパーカミオカンデ(約26万トン)が2027年の観測開始を目指して建設中です。
宇宙線を測ってみる
ここまで読んだあなたは、もう知っています——いまこの瞬間も、宇宙の彼方からの粒子があなたの体を通り抜けていることを。 その大半は、上空15 kmで生まれ、相対論の力で地表まで届いたミュオンです。
加速キッチンのシンチレーション検出器を使えば、この宇宙線ミュオンを実際に1個ずつ数えることができます。 放射線編で学んだ「励起作用」(放射線が物質を光らせる性質)を利用して、ミュオンが通った瞬間のごく弱い光を電気信号に変えているのです。 検出器を2台重ねて同時に光ったときだけ数える(同時計数)と、上から来たミュオンだけを選び出せます。 天頂角を変えて $\cos^2\theta$ の分布を確かめたり、寿命を測って相対論を体感したり——基礎を知れば、宇宙線は「測れる物理」になります。
放射線編とあわせて読むと、「放射線が物質とどう関わるか」「なぜ検出器で光るのか」が立体的に見えてきます。基礎を押さえたら、いよいよ検出器を手に取って、自分の目で宇宙線をとらえてみましょう。
参考文献・出典
- Particle Data Group, Review of Particle Physics — “Cosmic Rays” レビュー(スペクトル指数 γ≈2.7・knee・組成・地表での到来量・ミュオン)。pdg.lbl.gov
- V. F. Hess, Phys. Z. 13 (1912) 1084(宇宙線の発見)/ノーベル物理学賞 1936。nobelprize.org
- K. Greisen, Phys. Rev. Lett. 16 (1966) 748;G. T. Zatsepin & V. A. Kuzmin, JETP Lett. 4 (1966) 78(GZK 抑制)。doi:10.1103/PhysRevLett.16.748
- D. J. Bird et al.(Fly's Eye), Astrophys. J. 441 (1995) 144(“Oh-My-God” 粒子, ~3×10²⁰ eV)。doi:10.1086/175344
- Telescope Array Collab., Science 382 (2023) 903(「アマテラス粒子」2.44×10²⁰ eV, 2021-05-27 検出)。doi:10.1126/science.abo5095
- 空気シャワー: after Gosse & Phillips, Quat. Sci. Rev. 20 (2001) 1475(図5-1)/F. G. Schröder, Prog. Part. Nucl. Phys. 93 (2017) 1–68(図6-1, シャワー発達 D. Heck/CORSIKA)。ScienceDirect
- エネルギースペクトル図(図4-1): S. Lafebre, after S. Swordy — Wikimedia Commons。CC BY-SA 3.0
- ミュオンの質量・寿命: Particle Data Group(μ listings)/時間の遅れの実証: B. Rossi & D. B. Hall, Phys. Rev. 59 (1941) 223。doi:10.1103/PhysRev.59.223
- ミュオグラフィ: K. Morishima et al., Nature 552 (2017) 386(ピラミッドの空洞発見)。doi:10.1038/nature24647
- K. Hirata et al.(Kamiokande-II), Phys. Rev. Lett. 58 (1987) 1490(SN1987A);Y. Fukuda et al.(Super-K), Phys. Rev. Lett. 81 (1998) 1562(ニュートリノ振動);ノーベル物理学賞 2002・2015。nobelprize.org
- IceCube, Fermi-LAT, MAGIC et al., Science 361 (2018) eaat1378(ブレーザー TXS 0506+056)。doi:10.1126/science.aat1378
- 観測所公式: Telescope Array/Pierre Auger/IceCube/CTAO/東大宇宙線研 ICRR。
- 宇宙線による被ばく・航空機高度での線量: UNSCEAR 2008/環境省『統一的基礎資料』。env.go.jp