放射線とは?
「放射線」とは、物質を通り抜けたり、物質の中の原子から電子をはじき飛ばしたりできるほど高いエネルギーをもった、粒子や電磁波のことです。
放射線が物質の中を通るとき、原子にぶつかって電子をたたき出し、原子を イオン電気を帯びた原子・分子。電子を失うと陽イオン、受け取ると陰イオンになる。に変えてしまう働きを 電離(でんり)といいます。この電離を起こせる放射線を電離放射線と呼び、 ふだん「放射線」というときはこの電離放射線を指します。代表的なものに α線・β線・γ線・X線・中性子線があります。[1]
いっぽう、スマートフォンの電波や可視光線(目に見える光)、赤外線、紫外線の多くは、 エネルギーが低く原子を電離させる力をもたないため非電離放射線と呼ばれ、区別されます。 電磁波はおおむね波長が短い(=振動数が高い)ほどエネルギーが高く、ある境目(おおよそ十数 eV 以上)を超えると電離放射線のなかまになります。
放射線・放射能・放射性物質のちがい
この3つはよく混同されますが、意味がはっきり違います。電球にたとえると分かりやすいでしょう。
| ことば | 意味 | 電球のたとえ |
|---|---|---|
| 放射線 | 放出される高エネルギーの粒子や電磁波そのもの | 電球から出る光 |
| 放射能 | 放射線を出す能力(強さ) | 電球の明るさ |
| 放射性物質 | 放射能をもつ物質 | 電球そのもの |
「放射能が漏れる」という表現は、正確には「放射性物質が漏れる」または「放射線が漏れる」のどちらかです。能力そのものが移動するわけではない、と考えると整理できます。
放射線の発生源
放射線は特別な施設の中だけにあるものではありません。自然界にもともと存在する放射線(自然放射線)と、 人間の活動によって生じる放射線(人工放射線)があり、私たちは日常的に両方から少しずつ被ばくしています。
自然放射線
- 宇宙線:宇宙から地球に降り注ぐ高エネルギー粒子。標高が高いほど多くなります。
- 大地(地殻)からの放射線:土や岩石に含まれるウランやトリウム、カリウム40(K-40)など。
- ラドン:大地から出る放射性の気体。吸い込むことで体の内側から被ばくします(自然放射線の大きな割合)。
- 食品:食べ物にも微量の K-40 などが含まれます(バナナやイモ類など)。
人工放射線
人工放射線の大部分は医療によるものです。X線撮影、CT検査、放射線治療などです。 日本は医療被ばくが世界的に見て多い国として知られています。[1][4]そのほか、原子力発電や工業利用、研究などがあります。
外部被ばくと内部被ばく
被ばくは、放射線源が体の外にあるか・中にあるかで2つに分けられます。[1]
| 外部被ばく | 内部被ばく | |
|---|---|---|
| 線源の位置 | 体の外(地表・空気中・付着物) | 体の中(取り込んだ放射性物質) |
| 取り込みの経路 | — | 吸入・経口・経皮・傷口・(医療投与) |
| 問題になる放射線 | γ線・X線・中性子(α・βは届きにくい) | α線・β線も問題(その場で全エネルギーを渡す) |
| 減らし方 | 距離・遮蔽・時間 | 取り込まない(防護・除染・排泄) |
体内に取り込まれた放射性物質は、化学的な性質に応じて特定の臓器にたまりやすい性質があります。 たとえばセシウム(Cs)は全身(カリウムに似る)、ストロンチウム(Sr)は骨(カルシウムに似る)、ヨウ素(I)は甲状腺に集まります。 外部被ばくでは紙で止まる α線も、内部被ばくでは周囲の組織に集中ダメージを与えるため、とくに注意が必要です。
「放射線=原発や事故」というイメージを持たれがちですが、私たちが受ける線量の大半は自然放射線と医療です。放射線を測ると、何もしていない場所でも必ず「自然のバックグラウンド」が検出されます。
放射線の種類と性質
放射線にはいくつかの種類があり、「何でできているか」「どれだけ物を通り抜けるか(透過力)」が異なります。 透過力が違うということは、止める(遮蔽する)のに必要な材料も違う、ということです。[1]
α線(アルファ線)
ヘリウムの原子核(陽子2個・中性子2個)が高速で飛び出したものです。空気中では数 cm しか進めず、 紙1枚でほぼ止められます。透過力は小さいので体の外からの被ばく(外部被ばく)の危険は小さいですが、 いったん体内に取り込むと、まわりの組織に集中的にダメージを与えるため注意が必要です。
β線(ベータ線)
原子核から飛び出した電子(または陽電子)です。空気中では数 m 進み、うすい金属板やプラスチック板で止められます。 α線ほどではありませんが、体内に取り込むと組織にエネルギーを与えます。
γ線(ガンマ線)・X線
電磁波(波長の非常に短い光)の一種で、透過力が大きく、鉛の厚い板や厚いコンクリートでないと十分に止められません。 γ線は原子核から、X線は主に原子の電子から出る、という発生源の違いはありますが、本質は同じ電磁波です。
中性子線
電荷をもたない中性子の流れです。電荷がないため物質を通り抜けやすく、原子核と直接ぶつかって止まります。 水やポリエチレンなど、水素を多く含む物質で効率よく減速・吸収できます。
放射線が物質にエネルギーを渡すしくみ
荷電粒子(α線・β線など電気を帯びた放射線)と、電磁波(γ線・X線)とでは、物質との関わり方が異なります。
| 種類 | しくみ | 特徴 |
|---|---|---|
| 電離作用 | 原子から電子をはじき飛ばしてイオンをつくる | 放射線の検出に利用される基本的な作用 |
| 励起作用 | 電子を高いエネルギー状態へ持ち上げる | もとに戻るとき光を出す(シンチレーションの原理) |
| 制動放射 | 原子核の電場で曲げられ減速する際にX線を出す | 重い原子核ほど起こりやすい。β線で問題になる |
| エネルギー | おもな作用 | 内容 |
|---|---|---|
| 低い(数十 keV) | 光電効果 | γ線が原子に丸ごと吸収され、電子がはじき出される |
| 中ぐらい(〜数 MeV) | コンプトン散乱 | γ線が電子にぶつかり、一部のエネルギーを渡して散乱する |
| 高い(1.022 MeV 以上) | 電子対生成 | γ線が消えて電子と陽電子のペアが生まれる |
荷電粒子の阻止能と Bethe–Bloch の式
α線・β線・陽子などの荷電粒子は、物質中を進みながら電子を電離・励起して少しずつエネルギーを失います。 単位長さあたりに失うエネルギー $-\,dE/dx$ を阻止能(stopping power)といい、その大きさは Bethe–Bloch の式荷電粒子が電離によって失う平均エネルギー(電子的阻止能)を表す基本式。重い荷電粒子でよく成り立つ。でよく表されます。[9]
記号は $z$=入射粒子の電荷、$\beta=v/c$=速さ、$Z/A$=標的物質、$I$=平均励起エネルギー、$K\approx0.307\ \mathrm{MeV\,cm^2/mol}$ です。 式は複雑に見えますが、読み取るべき要点は多くありません。
式から読み取れること
- $\propto z^2$:電荷が大きいほど激しく電離する(α線=電荷2 は β線=電荷1 の約4倍)。
- $\propto 1/\beta^2$:遅い粒子ほど大きく電離する。止まる直前にもっとも激しく電離する。
- 最小電離(MIP):$\beta\gamma\approx3$〜$4$ で阻止能は最小になり、その先は対数的にゆるやかに増える(相対論的上昇)。
- 飛程(range):粒子が止まるまでの距離。終端で阻止能が急増し、エネルギー付与が集中する(=ブラッグピーク)。
終端に線量が集中するブラッグピークは、陽子線・重粒子線がん治療で病巣にエネルギーを集中させる原理そのものです。検出器の側でも、α線は飛程が数 cm と短く(だから紙で止まる)、最小電離粒子(宇宙線ミューオンなど)は薄い物質をほとんど素通りする、といった違いがこの式から理解できます。
光子(γ線・X線)の相互作用とエネルギー依存
電荷をもたない光子は、荷電粒子のように連続的に少しずつではなく、1回の反応でまとめてエネルギーを失います。 おもな3過程は、はたらくエネルギー領域と標的の原子番号 $Z$ で住み分けています。[9][10]
| 過程 | 優勢なエネルギー | $Z$・$E$ 依存(目安) | 反応後 |
|---|---|---|---|
| 光電効果 | 低い(〜数十 keV) | $\sim Z^{4\text{–}5}/E^{3}$ | 光子は消え、電子1個が飛び出す |
| コンプトン散乱 | 中(数百 keV〜数 MeV) | $\sim Z$(電子数に比例) | 一部を電子に渡し、光子は散乱して残る |
| 電子対生成 | 高い(1.022 MeV 超) | $\sim Z^{2}$ | 光子は消え、電子と陽電子が生まれる |
どの過程も光子を1個ずつ「間引く」ので、光子の数は物質を通るほど指数関数的に減ります。これを減弱といいます。
$\mu$ は線減弱係数(物質とエネルギーで決まる)、$d_{1/2}=\ln 2/\mu$ は強度が半分になる厚み=半価層です。 密度の影響を除いた $\mu/\rho$(質量減弱係数)で比べると物質によらず見通しよく整理でき、$Z$ が大きい鉛などほど光電効果が強く、γ線・X線の遮蔽に向くことが分かります。
なお中性子は電荷をもたず電子とも反応しないため、原子核との弾性散乱(とくに水素で大きく減速)と捕獲反応 $(n,\gamma)$ でエネルギーを失います。水やポリエチレンが遮蔽に有効なのはこのためです。
加速キッチンで使うシンチレーション検出器は、上の「励起作用」を利用しています。放射線が物質を励起し、もとに戻るときに出すごく弱い光を電気信号に変えて数えているのです。
同位体と核図表
原子の中心には原子核があり、陽子と中性子が詰まっています。 陽子の数(=原子番号 $Z$)が元素の種類を決め、陽子と中性子の合計が質量数 $A$ です。
同じ元素(陽子の数が同じ)でも、中性子の数だけが違う原子どうしを 同位体アイソトープ。化学的な性質はほぼ同じだが、質量や原子核の安定性が異なる。といいます。 たとえば炭素には、安定な ¹²C・¹³C と、放射線を出す ¹⁴C があります。
同位体・核種の表記方法
原子核の種類(核種陽子数と中性子数の組で区別した特定の原子核。「同位体」は同じ元素の核種どうしを指す。、nuclide)は、元素記号に質量数などを添えて表します。
$Z$ は元素記号で一意に決まるので、ふつうは省いて $^{14}\mathrm{C}$ と書きます($N$ も省略)。次の表記はすべて同じ「炭素14」を指します。
陽子・中性子の数の関係で、まぎらわしい用語を整理しておきます。
| 用語 | 共通するもの | 例 |
|---|---|---|
| 同位体(isotope) | 陽子数 $Z$ が同じ | ¹²C・¹³C・¹⁴C |
| 同重体(isobar) | 質量数 $A$ が同じ | ¹⁴C・¹⁴N |
| 同中性子体(isotone) | 中性子数 $N$ が同じ | ¹³C・¹⁴N(N=7) |
| 核異性体(isomer) | $Z$・$A$ が同じでエネルギー状態だけ違う | Tc-99m(医療用) |
核図表(かくずひょう)の読み方
すべての原子核を「中性子の数(横軸)」と「陽子の数(縦軸)」で並べた地図が核図表です。 安定な原子核は中央に帯のように連なって並びます。この帯状の領域を安定の谷、その谷底の中心を通る線をβ安定線と呼びます。 谷から外れた原子核は放射線を出して安定な側へ移ろうとし、どの向きにずれているかで、起こる崩壊の種類が決まります。
理研(仁科センター)のインタラクティブ核図表では、約3,300種の原子核を一覧でき、クリックすると半減期や崩壊のしかたを調べられます。炭素のあたりを見ると、安定な ¹²C・¹³C と放射性の ¹⁴C のちがいが一目で分かります。核図表で調べてみる →
¹²C(約98.9%)と ¹³C(約1.1%)は安定。¹⁴C は放射性で、半減期 約5,730年でβ⁻崩壊して窒素 ¹⁴N に変わります。[6]この性質が放射性炭素年代測定に使われます。
半減期と放射性崩壊
放射性物質は、時間がたつにつれて放射線を出す力(放射能)がだんだん弱くなります。 その減り方の速さを表すのが半減期です。
半減期とは、放射能(放射性原子の数)が半分に減るまでの時間のこと。 半減期は物質ごとに決まっていて、ヨウ素131は約8日、炭素14は約5,730年、ウラン238は約45億年と、桁が大きく異なります。[6]
ここで $N_0$ は最初の原子の数、$T$ は半減期、$\lambda$ は崩壊定数です。 放射能(1秒あたりの崩壊数)$A$ は $A = \lambda N$ で表され、原子の数 $N$ に比例して小さくなっていきます。 半減期が1回過ぎるごとに、量は $\tfrac12 \to \tfrac14 \to \tfrac18 \dots$ と半分ずつ減っていきます。
代表的な放射性核種
人工的につくられ、医療や工業で使われる核種と、自然界にもともとある核種を挙げます。
| 核種 | 半減期 | おもな放射線 | 用途・特徴 |
|---|---|---|---|
| Cs-137 | 約30.1 年 | β → γ(662 keV) | 厚さ計・校正用線源。事故で注目される核種 |
| Co-60 | 約5.27 年 | γ(1173・1332 keV) | 医療(がん治療)・工業用の非破壊検査 |
| Am-241 | 約432 年 | α(γ 59.5 keV) | 住宅用の煙感知器、校正用線源 |
| Sr-90 | 約28.8 年 | β のみ | 厚さ計・研究用のβ線源 |
| I-131 | 約8.02 日 | β・γ(364 keV) | 甲状腺の検査・治療 |
| 核種 | 半減期 | おもな放射線 | 特徴・存在場所 |
|---|---|---|---|
| K-40 | 約12.5 億年 | β・γ | カリウムの一部。土壌・食品(バナナ等)に含まれる |
| U-238 | 約44.7 億年 | α(系列でγ) | 岩石・土壌中。ウラン系列の親核種 |
| Th-232 | 約140 億年 | α(系列でγ) | 岩石などに広く分布。トリウム系列の親核種 |
| Ra-226 | 約1600 年 | α・γ | ウラン系列の途中核種 |
| Rn-222 | 約3.82 日 | α | 気体(ラドン)。大気中に広がり、内部被ばくの原因に |
放射壊変系列(ウラン系列・トリウム系列)
ウラン238やトリウム232のように半減期が非常に長い核種は、地球誕生以来ずっと存在し、 α壊変(崩壊)とβ壊変をくり返しながら次々に別の核種へ移り変わり、最後は安定な鉛(Pb)で止まります。 この一連の流れを放射壊変系列といいます。[1][6]
| 系列 | 親核種(半減期) | 途中の気体 | 最終(安定) | 壊変の回数 |
|---|---|---|---|---|
| ウラン系列(4n+2) | U-238(約45億年) | Rn-222(ラドン) | Pb-206 | α×8・β×6 |
| トリウム系列(4n) | Th-232(約140億年) | Rn-220(トロン) | Pb-208 | α×6・β×4 |
| アクチニウム系列(4n+3) | U-235(約7億年) | Rn-219 | Pb-207 | α×7・β×4 |
系列の途中で生まれるラドン(Rn-222)・トロン(Rn-220)は気体なので、大地から空気中に出て呼吸で吸い込まれ、 内部被ばくの大きな原因になります(→ 発生源)。
親核種の半減期が娘核種よりずっと長いとき、しばらくすると系列全体の量が一定の比でつり合います。これを放射平衡永続平衡(secular equilibrium)。親が十分に長寿命だと、各娘核種の放射能が親の放射能にほぼ等しくなる状態。といい、古いウラン鉱石ではウランと途中のラジウム・ラドンの放射能がほぼ等しくなっています。
放射線の単位
ニュースで「ベクレル」「シーベルト」といった単位を耳にします。これらは測っている対象がそれぞれ違います。 混同しやすいので、「放射性物質の側」「物が受け取ったエネルギー」「人体への影響」の3段階で整理しましょう。[1]
ベクレル(Bq)— 放射能の強さ
放射性物質が1秒間に1回 崩壊するとき、その放射能を 1 ベクレル(Bq) といいます。 「100 Bq」なら1秒間に100回崩壊している、ということ。放射性物質そのものの“勢い”を表す単位です。
グレイ(Gy)— 吸収線量
放射線が物にあたったとき、1 kg あたり 1 ジュール(J)のエネルギーを吸収した状態を 1 グレイ(Gy) といいます。 どんな種類の放射線でも、単純に「受け取ったエネルギー量」を表します。
シーベルト(Sv)— 人体への影響
同じ 1 Gy のエネルギーでも、α線のように局所的に激しく電離する放射線は、γ線より人体への影響が大きくなります。 そこで、放射線の種類ごとの“効きやすさ”を表す放射線加重係数 $w_R$(γ線・β線=1、α線=20 など)を掛けて、影響の大きさをそろえたのが等価線量で、単位はシーベルト(Sv)です。[2]
さらに、臓器ごとの放射線への弱さ(組織加重係数 $w_T$)を考えて全身ぶんを合計したものが実効線量です。 ニュースで使われる「○ mSv」はふつうこの実効線量で、体全体としての影響の大きさを1つの数字で表しています。
| 放射線加重係数 $w_R$ | 値 |
|---|---|
| γ線・X線・β線(電子) | 1 |
| 陽子 | 2 |
| α線 | 20 |
| 中性子 | 2.5〜21(エネルギーによる) |
組織加重係数 $w_T$ は臓器ごとの“弱さ”の重みで、全身で合計すると1になります(例:骨髄・肺・胃・結腸・乳房=各0.12、生殖腺=0.08、皮膚=0.01)。[2]
線量の3つの段階
- 物理量:吸収線量 Gy など、測定器で直接はかれる量。
- 防護量:等価線量・実効線量(Sv)。臓器や放射線の種類で重みづけした計算上の量で、直接は測れない。線量限度との比較に使う。
- 実用量:測定器が実際に表示する量。サーベイメータは周辺線量当量 $H^{*}(10)$、個人線量計は個人線量当量 $H_p(10)$ を測り、ふつう実効線量より安全側(やや大きめ)になる。
体内に取り込んだ放射性物質からは、将来にわたって少しずつ被ばくし続けます。そこで取り込んだ時点でこれから受ける分を積算して評価したのが預託(実効)線量摂取後に受ける線量を、成人は50年間、子どもは70歳までについて積算した量。です。排泄もあるため、セシウムなどは初期に大部分を受けます。
実効線量は、平均的な人体のリスクをそろえて管理・比較するための量で、特定の個人が実際に受ける生物影響を正確に表すものではありません。「○ mSv だから必ずこの健康影響が出る」とは読み替えられない、という点が大切です。
エネルギーの単位:eV・J・Wh
放射線1個のエネルギーはとても小さいので、専用の単位電子ボルト(eV)を使います。 電子1個が1ボルトの電位差で加速されたときに得るエネルギーが 1 eV です。
γ線1個のエネルギーは典型的に 0.1〜数 MeV($10^5$〜$10^6$ eV)。たとえば 1 MeV のγ線1個は約 $1.6\times10^{-13}$ J です。とても小さいですが、これが大量に体に吸収されると影響が出ます。eV は粒子1個、J は吸収線量の計算、Wh は機器の電力など大きなエネルギーの把握、と場面で使い分けます。
人体への影響
放射線が人体に与える影響は、大きく確定的影響と確率的影響の2つに分けて考えます。 この区別は、放射線防護の考え方の土台になっています。[1][2]
| 確定的影響 | 確率的影響 | |
|---|---|---|
| しきい値 | ある(超えると発生) | ない と仮定(LNT) |
| 線量との関係 | 線量が増えると重くなる | 線量が増えると確率が上がる |
| あらわれ方 | 被ばく後 比較的すぐ | 数年〜数十年後 |
| おもな例 | 皮膚の紅斑・脱毛・造血障害・不妊・胎児への影響 | がん・白血病・遺伝的影響 |
確率的影響では、低い線量でのリスクをはっきり測ることが難しいため、安全側に立って 「線量に比例してリスクがあり、しきい値はない」と仮定します。これを LNT モデルLinear Non-Threshold(直線・しきい値なし)モデル。低線量でも線量に比例したリスクを仮定する、放射線防護の基本的な考え方。といい、放射線防護の基準づくりに使われています。[2]
確率的影響:100 mSv 前後の考え方
日本人のおよそ2人に1人が生涯でがんになり、約30%ががんで亡くなります。放射線によるがんの増加は ICRP の見積もりで100 mSv あたり約0.5%とされ、もともと大きい自然のがんに比べてごくわずかです。[1][2]
このため100 mSv 未満では、放射線によるがんの増加を統計的に検出することが極めて難しいとされています。「影響が無い」と確かめられたのではなく、自然のがんのゆらぎに埋もれて分からない、というのが正確な言い方です。また、あるがんが放射線によるものかどうかを個別に判定する方法はありません。
同じ総線量でも、ゆっくり受けたほうが影響は小さくなる傾向があり、ICRP は防護の計算で線量・線量率効果係数(DDREFDose and Dose-Rate Effectiveness Factor。低線量・低線量率での影響を見積もる際の補正係数で、ICRP は 2 を採用。)として 2 を用います。なお LNT は安全側に立った防護のための実用的な仮定であり、低線量域の影響について科学的な決着がついたものではありません(過大評価との指摘もあります)。[2]
確定的影響:おもなしきい線量
確定的影響(組織反応)は、あるしきい線量を超えて初めて現れ、線量が増えるほど重くなります。代表的な急性のしきい線量(おおよその目安)を挙げます。[1][2]
| 影響(急性・全身または局所) | しきい線量の目安 |
|---|---|
| 精巣の一時的不妊 | 約 0.1 Gy |
| 造血機能の低下(骨髄) | 約 0.5 Gy |
| 水晶体の混濁(白内障) | 約 0.5 Gy |
| 一時的な脱毛 | 約 3 Gy |
| 皮膚の紅斑 | 約 3〜6 Gy |
| 全身被ばくの半致死線量(LD50・無治療) | 約 3〜4 Gy |
胎児・遺伝性影響
胎児への影響は被ばくの時期で大きく変わります。受精直後(着床前)は流産(しきい約0.1 Gy)、器官ができる時期は奇形(しきい約0.1 Gy)、妊娠8〜15週は脳の発達がさかんで精神発達への影響が最も心配されます(しきい約0.1〜0.2 Gy)。ICRP は0.1 Gy 未満の被ばくを中絶の理由にすべきでないとしています。[2]
動物実験では遺伝性影響が観察されますが、原爆被爆者の子ども(二世)の大規模調査でも、親の被ばくによる遺伝性影響は確認されていません。防護では安全側に見積もっていますが、ヒトでは過大評価の可能性があるとされています。[1][2]
線量限度と法令
放射線による健康被害を防ぐため、被ばく線量の上限が法令で定められています。 放射線を仕事で扱う人(職業被ばく)と、一般の人々(公衆被ばく)とで基準が分かれています。
年間上限
5年間の累積上限
年間上限
職業被ばくでは、5年間で100 mSv(平均すると年20 mSv)かつ どの1年も50 mSvを超えないこと、が基本です。 ほかに、眼の水晶体や皮膚、妊娠中の女性などに対して個別の限度が定められています。 いっぽう公衆被ばくの限度は年1 mSvで、より厳しく設定されています。[2][5]
| 対象 | 限度 |
|---|---|
| 眼の水晶体(等価線量) | 5年で100 mSv かつ 年50 mSv(2021年改定) |
| 皮膚(等価線量) | 年 500 mSv |
| 妊娠中の女性(申出後〜出産) | 内部被ばくの実効線量 1 mSv/腹部表面の等価線量 2 mSv |
| 妊娠の可能性がある女性 | 実効線量 3か月で 5 mSv |
線量限度は、これを超えないように管理するための上限であって、「ここまでなら安全/超えたら危険」という境界線ではありません。限度の内側でも、つねに合理的に達成できる範囲でできるだけ低く(ALARA)抑えることが原則です。[1]
ICRPと放射線防護の3原則
これらの基準は、ICRP国際放射線防護委員会。放射線防護に関する勧告を出す国際的な専門家組織。各国の法令の土台になっている。(国際放射線防護委員会)の勧告にもとづいています。日本を含む多くの国が、ICRPの考え方を参考に国内法を整えています。[2]その柱が次の3原則です。
放射線防護の3原則
- 正当化:被ばくを伴う行為は、それによる利益が不利益を上回るときだけ行う。
- 最適化(ALARA):被ばくは「合理的に達成できる範囲で、できるだけ低く」抑える。
- 線量限度:個人が受ける線量が、定められた上限を超えないようにする。
参考文献・出典
- 環境省『放射線による健康影響等に関する統一的な基礎資料』(最新年度版)— 本テキストの主たる参照元。放射線の種類・単位・自然/人工放射線・半減期・人体影響・線量限度ほか。env.go.jp/chemi/rhm/current
- ICRP, Publication 103 (2007), The 2007 Recommendations of the ICRP — 放射線加重係数 wR・組織加重係数 wT・実効線量・線量限度・LNT・防護の3原則。icrp.org
- UNSCEAR 2008 / 2020–2021 Report to the General Assembly — 自然放射線の世界平均(約2.4 mSv/年)ほか。unscear.org
- 原子力安全研究協会『生活環境放射線(国民線量の算定)』— 日本人の線量内訳(図2-1の数値根拠)。
- 電離放射線障害防止規則(昭和47年労働省令第41号)— 職業・公衆被ばくの線量限度。e-Gov 法令検索
- IAEA Live Chart of Nuclides(NuDat/NNDC)— 各核種の半減期・崩壊形式・放射線エネルギー。nds.iaea.org
- 理化学研究所 仁科加速器科学研究センター「核図表」(図4-1)— nishina.riken.jp/enjoy/kakuzu
- 日本アイソトープ協会『アイソトープ手帳』(核データ)。
- Particle Data Group, Review of Particle Physics — “Passage of Particles Through Matter”(阻止能・Bethe–Bloch・光子の相互作用)。pdg.lbl.gov
- G. F. Knoll, Radiation Detection and Measurement(放射線と物質の相互作用・検出器の基礎)。