なぜ統計が必要?
放射線・宇宙線の測定で出てくる数字は、必ずゆらいでいます。統計は、そのゆらぎと付き合うための道具です。
検出器を同じ場所に置いて、同じ時間だけ2回測ってみてください。カウント数はまず一致しません。 1回目が1023カウント、2回目が987カウント——どちらかが「失敗」なのではなく、 放射線や宇宙線がいつ来るかが完全にランダムである以上、これは避けられない自然なゆらぎです。
ここで困った問題が起きます。たとえば校舎の3階と1階で宇宙線のレートを測って、1割違ったとしましょう。 それは「コンクリートの遮蔽による本当の差」でしょうか? それとも「たまたまそう出ただけの偶然のゆらぎ」でしょうか? この区別ができないと、測定からは何も結論できません。
統計誤差の大きさ
収まる確率
差の大きさの目安
うれしいことに、このゆらぎの大きさは理論的に予言できます。Nカウント数えたときのゆらぎはおよそ±√N。 この一つの式から、エラーバーの引き方、「差がある」と言える条件、必要な測定時間の見積もりまで、芋づる式に導けます。 この講座では、その道筋を順番にたどっていきます。
題材は検出器のカウントデータです。探究活動のレポートや学会発表で最低限必要になる統計——エラーバー・有意差の判断・測定計画・系統誤差——に絞って解説します。難しい数学は使いません。
読むだけでは身につかないので、5つの実習を挟んであります
統計は、読んで分かった気になるのがいちばん危ない分野です。この講座には、章のあいだに ブラウザの中で動く実習が5つ入っています。 読んだ内容をその場で手を動かして確かめられるように、対応する章のすぐ後ろに置いてあります。 インストールも登録も要りません。
まず 実習01 サイコロ道場 を10回だけ振って、その場で「どっちが得だと思う?」と予想を言わせてください。 そのあと100回まで一気に振ると、10回のときの直感がどれくらい当てにならないかがその場で分かります。 実習03 仮説検定ラボ は、生徒それぞれに違う仮説を立てさせると、有意になる班とならない班が自然に出てきます。
データを「見る」——ヒストグラムと分布
統計の第一歩は、数字の列を絵にすることです。
検出器から出てくるのは、何千行もの数値データです。眺めているだけでは何も見えてきません。 そこで、値をビンヒストグラムの横軸を等間隔に区切った「区間」のこと。ビンの幅を変えると見え方も変わる。と呼ばれる区間に区切り、 各区間に入ったデータの個数(度数)を棒の高さで表します。これがヒストグラムです。
ヒストグラムにすると、データの「ばらつきの形」が一目で見えます。 図2-1は検出器のADC値粒子が検出器に落としたエネルギーを数値に変換したもの。値が大きいほど高エネルギー。のヒストグラムの例です。 山が2つあること、つまりデータの中に性質の違う2種類の粒子(γ線・β線と宇宙線ミュオン)が混ざっていることが、絵にして初めてわかります。 山の境目のADC値を調べておけば、「宇宙線だけを数える」「γ線・β線だけを数える」という選別もできるようになります。
このように、測定値は1つの決まった数ではなく、ある形をもって散らばります。この散らばりの形を分布と呼びます。 分布を特徴づけるのは、おもに山の位置(代表値)と山の幅(ばらつきの大きさ)。 次の章で、これらを数で表す方法を見ていきましょう。
数値の表をいきなり処理し始めるのではなく、まず分布を描いて眺める。異常なデータ、ノイズ、複数成分の混在は、たいてい絵にした瞬間に見つかります。
平均・標準偏差・標準誤差
分布の「位置」と「幅」を数で表す、統計のいちばん基本的な道具です。
N個の測定値 $x_1, x_2, \dots, x_N$ があるとき、分布の中心を表す代表値が平均です。
次に、データが平均のまわりにどれくらい散らばっているかを表すのが標準偏差です。 各データと平均との差(偏差)を2乗して平均し、平方根をとります。[1]
そしてもう一つ、混同しやすいけれど大切なのが標準誤差。 「データ1個1個のばらつき」ではなく、「平均値そのものがどれくらい信用できるか」を表す量で、標準偏差を√Nで割ったものです。
| 量 | 記号 | 何を表すか | データを増やすと? |
|---|---|---|---|
| 平均 | $\bar{x}$ | 分布の中心(代表値) | 真の値に近づく |
| 標準偏差 | $s$ | データ1個ずつのばらつきの大きさ | 変わらない(分布固有の幅) |
| 標準誤差 | $s/\sqrt{N}$ | 平均値の不確かさ | √Nに反比例して小さくなる |
測定を何回繰り返しても、データ1個1個のばらつき(標準偏差)は小さくなりません。小さくなるのは平均値の不確かさ(標準誤差)のほうです。「測定を増やすほど結果が正確になる」のはこのためで、レポートのエラーバーに使うのも基本的にこちらです。
ポアソン統計と ±√N
この講座の心臓部です。「Nカウント数えたら誤差は±√N」——この魔法のような事実は、ポアソン分布から出てきます。
放射線の崩壊や宇宙線の到来のように、一つひとつがランダムに、互いに無関係に起きる現象を考えます。 平均すると時間あたりλ回起きる現象が、実際にk回起きる確率は、ポアソン分布で表されます。[2]
ポアソン分布には、きわだった性質があります。分布の幅(標準偏差)が、平均の平方根になるのです。
つまり、実際に測ったカウント数Nがあれば、その1回の測定だけで誤差±√Nがわかってしまう。 何度も繰り返し測ってばらつきを調べなくても、エラーバーが引けるのです。 100カウントなら100±10、10,000カウントなら10,000±100です。
レートの誤差と相対誤差
実験で比べたいのは、ふつうカウント数そのものではなくレート(単位時間あたりのカウント数)です。 時間tの測定でNカウント得たときのレートとその誤差は、Nの誤差±√Nをそのままtで割って求めます。
たとえば600秒で480カウントなら、レートは 480÷600 = 0.80 cnt/s、誤差は √480÷600 ≒ 0.04 cnt/s。 報告するときは 0.80 ± 0.04 cnt/s と書きます。
もう一つ重要なのが相対誤差(誤差が測定値の何%か)です。誤差√Nを測定値Nで割ると——
10%(±10)
5%(±20)
1%(±100)
相対誤差は1/√Nでしか小さくなりません。「長く測るほど正確になる。ただし精度1桁の改善には時間100倍が要る」—— これが計数実験の宿命であり、測定計画(7章)の出発点になります。
ポアソン統計が成り立つのは、事象が互いに独立で、レートが測定中一定とみなせるときです。線源を途中で動かした、検出器の調子が時間変化した、といった場合のばらつきは√Nでは表せません(→8章の系統誤差)。
ガウス分布——ばらつきの王様
カウントが増えると、ポアソン分布は左右対称の美しい釣り鐘型——ガウス分布(正規分布)に近づきます。
μが山の中心(平均)、σが山の幅(標準偏差)です。 図5-1のように、λ=20程度でもポアソン分布はすでにガウス分布とほぼ重なります。
ガウス分布が「ばらつきの王様」と呼ばれるのは、ポアソン分布の極限だからというだけではありません。 たくさんの小さなゆらぎの足し合わせは、元のゆらぎの形によらずガウス分布に近づく—— これは中心極限定理独立なランダム変数をたくさん足し合わせた量の分布は、個々の分布の形によらず、ガウス分布に近づくという定理。と呼ばれる、統計学でもっとも有名な定理のひとつです。 測定の誤差は無数の小さな要因の積み重ねなので、多くの場合ガウス分布でうまく近似できるのです。
68–95–99.7 ルール
ガウス分布には、覚えておくと一生使える数字があります。 測定値が平均±1σ、±2σ、±3σの範囲に入る確率です。[1]
| 範囲 | 入る確率 | 外れる確率 | 感覚的には |
|---|---|---|---|
| ±1σ | 68.3% | 約3回に1回 | 外れても全然ふつう |
| ±2σ | 95.4% | 約20回に1回 | 偶然にしては珍しい |
| ±3σ | 99.7% | 約370回に1回 | 偶然とは考えにくい |
「±1σの外に出る」ことは3回に1回起きるありふれた出来事ですが、「±3σの外」はめったに起きません。 この感覚が、次章の「差があるかどうか」の判断にそのままつながります。
▶ 手を動かす:ガウス分布と t分布を重ねて見る 仮説検定ラボの検定パネルに、ガウス分布(破線)と t分布(実線)が重ねて描かれます。人数が少ないほど t分布の裾が太くなる——同じ差でも「まだ言えない」に変わる理由が見えます。「本当に差がある?」——z値で判断する
2つの測定値を比べるとき、「差が大きいか」ではなく「差がエラーバーの何倍か」を見ます。それがz値です。
条件Aの測定値 $N_1 \pm \sigma_1$ と条件Bの測定値 $N_2 \pm \sigma_2$ を比べましょう。 まず必要なのは、差そのものの誤差です。それぞれ独立にゆらぐ2つの値の差の誤差は、 各誤差の2乗を足して平方根をとったものになります(誤差の伝播)。[1]
そして、実際の差がこの誤差の何倍あるかを表すのがz値です。
z値の解釈は、前章の68–95–99.7ルールがそのまま使えます。差がないのに偶然 z≧2 となる確率は約5%、z≧3 となる確率は0.3%しかありません。[3]
| z値 | 偶然で起こる確率 | 判断の目安 |
|---|---|---|
| z ≲ 1 | 3割以上 | 偶然のゆらぎの範囲。「差があった」とは言えない |
| 1 ≲ z ≲ 2 | 5〜30% | グレーゾーン。もっとデータを増やしたい |
| z ≳ 2 | 5%以下 | 差がありそう。探究活動の目安はここ |
| z ≳ 3 | 0.3%以下 | 偶然とは考えにくい。かなり確実な差 |
同じ時間ずつ測って、1階で $N_1 = 900$ カウント、屋上で $N_2 = 1024$ カウントだったとします。誤差はそれぞれ $\sqrt{900}=30$、$\sqrt{1024}=32$。
$z = \dfrac{|900-1024|}{\sqrt{30^2+32^2}} = \dfrac{124}{\sqrt{1924}} \approx \dfrac{124}{43.9} \approx 2.8$
z≈2.8——偶然でこれだけの差が出る確率は1%以下なので、「屋上のほうがレートが高い」と言ってよさそうです。もしこれが $N_1=90$、$N_2=102$(10分の1の統計)だったら z≈0.9 で、同じ「屋上が約1割高い」でも何も結論できません。
レポートでもっとも多い失敗が、エラーバーが重なっている2点を見て「差があった」と書いてしまうこと。差を主張するときは、必ず差をエラーバーと比べて(z値を計算して)から書きましょう。「差が見られなかった」も立派な結果です。
サイコロ道場
ここには目の並びが普通じゃないサイコロが2つあります。たとえば 1,2,3,4,5,6 ではなく 1,2,2,3,4,5 のように。 大きい数字を出すうえで、A と B のどちらが「得」でしょうか?
中身は伏せてあります。分かるのは、振って出た目だけ。 10回振ると、たいてい「こっちが得そう」と思えてきます。でも、まだ結論を出さないでください。 それが偶然かどうかを決めるのは、差の大きさではなく z = 差 ÷ 差の誤差 です。
判定バッジの4段階(z≲1/1≲z≲2/z≳2/z≳3)は、講座 06章の目安の表とまったく同じ言葉です。迷ったら戻って読み直してください。
1 ── サイコロを選ぶ
2 ── 振って、z値で判断する
A と B を同じ回数ずつ振ります
| サイコロ | 回数 N | 平均 | 標準偏差 s | 標準誤差 s/√N |
|---|---|---|---|---|
| A | 0 | — | — | — |
| B | 0 | — | — | — |
3 ── グラフで見る
縦軸は相対度数(何%その目が出たか)。振る回数が増えるほど、でこぼこがならされて本当の形に近づきます。
この講座でいちばん見てほしいグラフ。z は上下に揺れながら、だいたい √N で伸びていきます。z=2 の線を越えて戻ってこなくなるあたりが「言い切れる」ようになった回数です。
切り替えてみてください。標準偏差 s は振る回数を増やしても縮みませんが、標準誤差 s/√N は縮みます。小さくなるのは「平均値の不確かさ」のほうです。
平均だけを見ていると見逃すものがあります。「平均は同じ、分布が違う」の組み合わせを選んで振ってみてください——z はいつまでも 0 のままなのに、こちらのカイ二乗はぐんぐん伸びます。
差の誤差を 足し算してしまうこと(正しくは2乗して足してから √)。 標準偏差 s をそのまま誤差に使ってしまうこと(正しくは s/√N)。 z がやたら大きい(10とか)ときは、たいていこのどちらかです。
測定計画——欲しい精度から逆算する
「何分測ればいい?」の答えは、欲しい精度が決めます。測ってから困るのではなく、測る前に見積もりましょう。
4章で見たとおり、相対誤差は $1/\sqrt{N}$ です。これを逆に解くと、目標の相対誤差 $r$ に必要なカウント数と測定時間が出てきます。
手順は3ステップです。
測定時間の決め方
- ① 試し測定:まず10分ほど測って、おおよそのレートRを見積もる。
- ② 必要カウントの逆算:欲しい精度から必要カウント数を出す(10%なら100、5%なら400、1%なら10,000)。
- ③ 時間の見積もり:必要カウント数 ÷ レート = 必要な測定時間。
| 目標の相対誤差 | 必要カウント数 | R = 0.8 cnt/s なら | R = 0.02 cnt/s なら (2台同時測定など) |
|---|---|---|---|
| 10% | 100 | 約2分 | 約1.4時間 |
| 5% | 400 | 約8分 | 約5.6時間 |
| 2% | 2,500 | 約52分 | 約1.4日 |
| 1% | 10,000 | 約3.5時間 | 約5.8日 |
線源から遠い・遮蔽が厚い・同時測定で絞り込む——そうした条件ではレートが下がるぶん、同じ精度に必要な時間は長くなります。全条件を同じ時間で測るのではなく、レートに合わせて時間を変えるのが上手な計画です。
何回振れば分かる?
「何回振ればいいですか」——実習で必ず出る質問です。答えは 「知りたい差の大きさによる」。式にすると、こうなります。 これは講座 07章「測定計画」でやった逆算そのもので、 カウント数の代わりにサイコロを振る回数を求めているだけです。
$\Delta$ は本当の平均の差、$\sigma$ はそれぞれのばらつき、$z_c$ は「差がある」と言いたいライン(ふつう2)。 分母に $\Delta^{2}$ があるのがポイントで、見つけたい差が半分になると、必要な回数は4倍になります。 小さな差を捕まえるのは、想像よりずっと大変です。
いま選んでいるサイコロで計算する
01 で選んだ組み合わせがそのまま使われます
本当にそうなるか、実験してみる
同じ実習を何百回もやり直したら、何割が「差がある」に届くか
検出力=「差があると言い切れる」に届く実験の割合。80% を超えるあたりが、実習として現実的な回数です。
本当は差がまったくないサイコロ同士なのに、どの回数でも 5% 前後は「差がある」に届いてしまいます。 これが z ≳ 2(有意水準5%)の意味です。20班が別々に実験すれば、 1班くらいは何もないところに差を見つけてしまう——だから、 たまたま出た1つの結果だけで騒がず、再現するかを確かめます。
統計誤差と系統誤差
±√Nで表せるのは誤差の半分だけ。もう半分の系統誤差は、長く測っても消えません。
ここまで扱ってきた±√Nのゆらぎは統計誤差と呼ばれ、測定時間を延ばせばいくらでも小さくできます。 いっぽう、測定条件そのものの偏りからくるズレは系統誤差(系統的な不確かさ)と呼ばれ、 いくら長く測っても小さくなりません。
検出器のカウント測定で出会う系統誤差の代表例です。
| 原因 | 何が起きるか | 対策の例 |
|---|---|---|
| 温度 | SiPM(光センサー)の感度が温度で変わり、レートが見かけ上変動する | 温度を記録する。温度補正を行う。条件間で温度をそろえる |
| 置き場所・向き | 真上の構造物や周囲の壁が変わると、本来測りたい差以外の差が混ざる | 各条件で「部屋の中央」など似た環境を選び、向き・重ね方を統一する |
| 検出器の個体差 | 2台の検出器は感度もADC範囲も同じではない | 同じ場所で2台を並べて測り、差をあらかじめ調べておく。条件を入れ替えて測る |
| 距離・角度の定義 | 「どこからどこまでを距離とするか」が曖昧だと、条件間で意味がずれる | 定義を決めて記録し、全条件で統一する |
±の書き方と有効数字
測定結果を報告するときは、値±誤差に単位を付けて書きます。[4] このとき有効数字は誤差に合わせるのがルールです。
結果の書き方のルール
- 誤差は1〜2桁で書く(±0.0413…ではなく ±0.04)。
- 値の桁は誤差の桁にそろえる:0.80 ± 0.04 cnt/s(0.8021 ± 0.04 とは書かない)。
- 単位を必ず付ける。グラフなら軸ラベルに、表ならヘッダーにまとめる。
- 比較のグラフには必ずエラーバーを描く。エラーバーのないグラフは「不確かさを考えていない」と見なされる。
ヒストグラムの山にガウス分布などの理論曲線を当てはめる(フィットする)と、山の位置や幅を数値として取り出せます。当てはまりの良さの指標がχ²/ndf(カイ2乗を自由度で割ったもの)で、1に近ければ「誤差の範囲でよく合っている」ことを意味します。1よりずっと大きければモデルが合っていないか誤差を小さく見積もりすぎ、ずっと小さければ誤差を大きく見積もりすぎのサインです。レポートで「ガウス分布でフィットし χ²/ndf = 1.1 だった」のように使います。詳しくは誤差解析の教科書[1]へ。
相関と因果
「一緒に変化する」ことと「一方が他方を引き起こす」ことは、まったく別の話です。
長期間の測定では、計数率をいろいろな量と比べたくなります。たとえば「気温が高い日はレートが高い」—— 散布図を描くときれいな相関(一緒に変化する関係)が見えたとしましょう。 ここで「気温が宇宙線を増やしている」と書いてしまうのは早合点です。
相関が見えたとき、可能性は1つではありません。 A(気温)がB(計数率)の原因かもしれないし、その逆かもしれない。 そして見落としがちなのが、交絡因子注目している2つの量の両方に影響を与える「第3の要因」。これがあると、直接の因果がなくても相関が生まれる。—— 両方に影響する第3の要因の存在です。 宇宙線の例では、気圧(頭上の大気の量)はレートを直接変えますし、検出器自体の温度特性(8章)も「気温との相関」を作り出します。 夏は気温も高く、大気の状態も検出器の温度も違う——どれが効いているかは、散布図1枚では決められないのです。
相関を見つけたときにやること
- 候補をすべて挙げる:A→B、B→A、第3の要因C、ただの偶然。
- 他の変数も記録しておく:気温だけでなく気圧・湿度・検出器の温度も一緒にプロットする。
- 条件を固定して比べる:気圧がほぼ同じ日だけ選んで、気温との関係が残るか調べる。
- 物理的なメカニズムを考える:「どんな仕組みでAがBを変えるのか」を説明できるか。
相関しか確認できていない段階で「気温が原因で計数率が変化した」と断定しないこと。「相関が見られた。ただし気圧など他の要因の影響も考えられ、因果関係の特定にはさらなる検証が必要である」のように、確実に言えることと可能性を区別して書きましょう。
仮説検定ラボ
課題2でやることは、実は課題1とまったく同じです。2つのグループの平均を比べて、その差が誤差より十分大きいかを見る。 違うのは、サイコロの代わりに自分たちで集めたデータを使うことだけ。
ここには架空のクラス調査データが入っています。実物のスプレッドシートと同じように、 群を分ける列と測る量を自分で選んで、仮説を立てて、検定してみてください。 仮説は「A は B より〇〇である」という形で、数字で確かめられるように書きます。
これはあくまで科学的な統計処理の練習です。むしろ、なんとなくそう思っていることを、きちんと定量的に確かめてみることにこそ意味があります。 「思い込みだったのか」「本当だったのか」が数字で分かる——偏見と正しく向き合ううえで、これはとても大事な訓練です。
1 ── データを選んで、仮説を立てる
スプレッドシートから2列そのままコピーして貼り付けてください(1行目は見出し)。 タブ区切り・カンマ区切りのどちらでも読めます。
- 仮説
- —
- 帰無仮説
- —
- 測る量
- —
よい仮説:男性のほうが女性より背が高い/3年生は1年生より通学時間が長い。 よくない仮説:男性はたくましい/3年生は忙しい——「たくましい」「忙しい」は数字にできません。
2 ── 表を確かめる
数値のセルは直接書き換えられます
列の見出しをクリックすると並べ替えられます。入力後の確認:=COUNT(範囲) で出る数が、実際に入力したデータの個数と一致していますか?
一致していなければ、どこかが文字列になっています。
3 ── 集計して、図にする
| グループ | 個数 N | 平均 | 標準偏差 s | 標準誤差 s/√N |
|---|---|---|---|---|
| — | — | — | — | — |
| — | — | — | — | — |
左右にちらばった点が一人ひとり、太い横棒が平均。誤差棒を切り替えると、s は縮まないのに s/√N は縮むことが見えます。判断に使うのは s/√N のほうです。
2つの山がどれくらい重なっているか。重なっていても、山の位置(平均)の差が誤差より大きければ「差がある」と言えます。
4 ── 帰無仮説が棄却されるかを調べる
塗ってある面積が p値——「本当は差がないのに、これほどの差がたまたま出てしまう確率」。破線は正規分布(z のものさし)。人数が少ないほど t分布の裾は太くなり、同じ t でも p が大きくなります。
講座で習った $z=\dfrac{|\bar{x}_1-\bar{x}_2|}{\sqrt{SE_1^{2}+SE_2^{2}}}$ と、t検定の $t$ の計算式はまったく同じものです。 違うのは「その数字をどのものさしと比べるか」だけ。z は正規分布、t は自由度つきの t分布と比べます。 人数が多ければ t分布は正規分布とほぼ重なるので、z ≳ 2 という講座の目安はそのまま使えます。 人数が少ないとき(各グループ10人以下など)だけ、t分布の太い裾のぶん慎重に判断することになります。
棄却できなかったからといって失敗ではありません。それは「このデータ量では差を検出できなかった」という情報です。 研究倫理の講座で学んだとおり、思ったとおりにならなかった結果を隠さず報告することが、正直な研究です。 朝食 × スマホ時間を選ぶと、何度クラスを作り直しても有意にならないはずです——それが「差がない」の見え方です。
帰無仮説シャッフル
「帰無仮説を棄却する」——言葉は難しいけれど、やっていることは単純です。 「もし差がない世界だったら、どれくらいの差がふつうに出るのか」を作ってみて、 自分のデータがそこからはみ出しているかを見る。それだけです。
差がない世界は、簡単に作れます。グループのラベルをぐちゃぐちゃに混ぜてしまえばいい。 ラベルが無意味になったデータで差を計算する。それを何百回もくり返せば、 「差がない世界で起きる差」の分布ができあがります。
ラベルを混ぜて、差がない世界を作る
—
縦の太線が実際に観測された差。山はぜんぶ「ラベルを混ぜただけの、意味のない差」。 観測された差より外側にある山の割合が、そのまま p値になります。
シャッフルで数えた p値と、03 の t検定が出した p値は、だいたい同じ数字になります。 数式を一行も使わずに、同じ答えにたどり着けた——t検定がやっているのは、 この「混ぜて数える」作業を、数学で一気に片付けることなのです。
スプレッドシートに戻す
提出物は、この画面のスクリーンショットではなく自分のスプレッドシートです。 ここで確かめたことを、実物のシートで再現してください。この実習は答え合わせに使えます。
いま選んでいるデータの、シート用の数式
B列=グループ1、C列=グループ2 に貼った場合
全角数字(165)や単位つき(165cm)は文字列扱いになり、計算に入りません。
空欄が混ざると COUNT の数が合わなくなります。
数式の範囲が入力した行まで届いているかも確認してください(=AVERAGE(B2:B51) の 51)。
03 の「わざと入力ミスを混ぜる」で、実際に何が起きるか見ておいてください。
提出するもの — 課題1
- 10回のときと50回以上のときの、両方の平均
- 50回以上のときの z値の計算過程
- どちらが得か、あるいは「まだ言えない」という結論
- 10回では結論できず、50回で結論できた(あるいはできなかった)理由を1〜2文で
提出するもの — 課題2
- 立てた仮説
- グループごとの N・平均・標準偏差・標準誤差
- z値の計算過程
- 帰無仮説を棄却できたかどうかの結論
1. 値を求める(平均、またはカウント)/ 2. その誤差を求める(標準誤差 s/√N、またはポアソン誤差 √N)/ 3. 差を誤差で割る → z / 4. z ≳ 2 なら「差がありそう」、そうでなければ「まだ言えない」/ 5. 差の原因は統計だけでは決まらないことを忘れない。
実習の計算はすべてブラウザの中で完結しています。入力したデータがどこかに送信されることはありません。 乱数はシード付きなので、同じ設定なら誰の画面でも同じデータが出ます。
参考文献
この講座の内容をより深く学ぶための定番書・資料です。
- J. R. テイラー『計測における誤差解析入門』林茂雄・馬場凉 訳, 東京化学同人 (2000) —— 誤差解析の世界的定番教科書。エラーバー・誤差の伝播・フィットまで。
- G. Cowan, Statistical Data Analysis, Oxford University Press (1998) —— 素粒子・原子核実験の統計解析の標準的教科書。
- Particle Data Group, "Statistics" in Review of Particle Physics —— pdg.lbl.gov(素粒子物理で使う統計手法の公式レビュー)
- JCGM 100:2008 (GUM)「測定における不確かさの表現のガイド」—— 不確かさ表記の国際的な取り決め。日本語訳は産業技術総合研究所 計量標準総合センター(NMIJ)から公開。
- 東京大学教養学部統計学教室 編『統計学入門(基礎統計学Ⅰ)』東京大学出版会 (1991) —— 確率分布から検定まで、統計学全体の定番入門書。